海外の部 EBU地域 シニア・グループ 優秀賞
「私の真実―私の点字」
ロシア スヴェトラナ・ドゥブロフスカヤ (49歳・女性)
 真実のとらえ方は人によってさまざまです。私にとっての真実、それは点字です。1人の賢い男性のおかげで点字の技術は進歩しました。そして、その人は私の人生も導いてくれました。
 「病気は神様からの贈り物であり、その病気を通して私たちの魂は癒やされる」という宗教の教えがあります。ルイ・ブライユという視覚障害の少年は自分の障害を克服し、さらに世界中の数え切れないほど多くの障害者の魂を癒やしてくれました。
 私は幼い頃にインフルエンザの後遺症で聴覚障害者になりました。新しい環境になじみやすく、充実した日々を送れるようにとの両親の計らいで、聴覚障害児のための幼稚園に入園し、その後、タンボフ市の学校に進学しました。学校では手話を習い、読唇術を学びました。つまり「視覚的な方法」で読み書きを学んだのです。学校を卒業後、高等専門学校へ進みました。
 しかし、そこで新たな問題が浮上しました。視力が落ち始めたのです。私はそのことを秘密にして、決して誰にも話しませんでした。もし学校に知れたら退学になるのではと思ったからです。私は必死に勉強して金属の冷間切削加工技術を習得しました。しかし、B2区分の障害認定を受けたために、自分の専門を生かして働くチャンスは得られませんでした。そして25年前、医師のアドバイスに従い、ベルゴロドVOSインスティチューションで職を得ました。
 宿舎では2人の視覚障害の女性と出会いました。彼女たちは「視覚的な方法」で書くことはできず、私は点字を使えなかったため、互いの意思を伝え合うのはとても大変でした。私はわずかに見えるものの、全く聞くことも話すこともできず、彼女たちは聞いたり話したりはできるものの、全く何も見えません。そのため、いつもぶつかりました。あのような状況下で、一体どうやったら意思の疎通ができたというのでしょうか。
 あるとき私が字を読めるようにと、隣の人が点字ノートをベッドの上に置いてくれたのですが、私は何もわからず、ただ肩をすくめただけでした。私は点字ノートをあちこちに置いては、目で見たり指でレリーフプリントを触ったりして読もうとしました。いずれにしても、彼女たちとの衝突は絶えませんでしたし、お互いの誤解は増すばかりでした。一体どうしたらいいの?
 もうすぐ目が見えなくなることがわかっていた私は、点筆と点字盤を使うことにしました。まず、隣人に頼んで点字用紙の左の欄に点字でアルファベットを書いてもらいました。そして、右の欄には視聴覚障害のない別の女性に頼んで、墨字でアルファベットを書いてもらいました。このようにして、手作りのアルファベットを使って独学で点字の読み書きを学び始めました。初めのうちは時間がかかり、なかなか上手くいきませんでしたが、程なく、以前よりも楽に視覚障害者と意思の疎通ができるようになりました。
 それから9年後、私は完全に視力を失い障害区分はB1となりました。その頃までには、私は点字の本をスラスラと読めるようになっており、視覚障害者用図書館に通っていました。図書館はお気に入りの場所で、ずっとそこにいたいと思ったものです。私は意欲的に点字読書に取り組み、ルイ・ブライユの生誕200周年には模範的な点字読者として認定され、とても誇りに思っています。
 すべての視覚障害者にとって、ブライユ点字法は世の中とつながるための最も重要な手段です。創意に富んだブライユの発明なくしては、視覚障害者の生活は考えられません。それぞれの点字文字の上にロシア語のアルファベットが書かれた特殊なアルファベットの点字カードを使い、指で文字を選んで単語を作ります。晴眼者は書かれたものを読むことができ、また視覚障害者の指を持って動かすことで自分が伝えたいことを視覚障害者に示すことができます。
 視聴覚障害者もそれぞれに関心事があり、信念を持って生きています。視覚障害者の中には一人住まいの人が多いですが、点字時計を使えるので時間を尋ねることはありません。また、缶詰に特殊な点字ステッカーが貼られているので、晴眼者に缶詰を探してもらう必要もありません。同様のステッカーは薬にも使われていますし、糸の色がわかるように糸巻きにも使われています。
 何の情報もないまま、ずっと家の中にいるのは怖いことですが、今では点字ディスプレー付きコンピューターを使えるので、ロシアの視聴覚障害者にとって、自宅にいることはもはや問題ではありません。点字ディスプレー付きコンピューターは、通常のテキストを点字版に変換してくれます。障害者は、新しいコンピューターの知識を得たいと切望しています。ロシア視聴覚障害者協会会長のセルゲイ・シロトゥキンさんは、障害分野における権威者のお一人ですが、モスクワ・インスティチュートで「コンピューターによるリハビリテーション」コースを開設されました。多くの視聴覚障害者がこのインスティチュートで学びたいと思っています。初めて点字ディスプレーに触ると、大抵の人は、まるでマッサージ器のように感じます。ディスプレーのドットが上がったり下がったりして指に心地よいからです。ただ、視力を失う前はコンピュータを使ったことはなかったという人が多いので、ここで学ぶことは、そうたやすいことではありません。コースでは、点字ディスプレイの使い方やコンピューターの基礎知識を学びますが、残念ながらいずれも短期間のコースです。
 視聴覚障害者とともに仕事をされているナデズダ・ゴロヴァン先生は、障害者が初心者向けプログラムをマスターできるようにと尽力されている方です。もちろん、必ずしも簡単にマスターできるわけではないので、生徒は自宅でも勉強し、講義を利用して一生懸命に練習します。そして、タイプの速い打ち方、eメールや電話の使い方、インターネットでの情報検索の方法などを学びます。以前は視覚障害者用キーボードのボタンの配列を覚えなくてはなりませんでしたが、今ではディスプレーが改良され、覚える必要はなくなりました。
 ロシアには、さまざまな協力体制があります。視聴覚障害者のコンピュータ教育が大きな問題となったときにも支援してくれる人がいました。S・A・シロトゥキン先生やS・V・フレイティン先生(モスクワ)は、おそらく数百人もの人を通信教育で教えています。また、ベルゴロド視覚障害者用図書館職員のエレナ・アニカノーヴァさん、スヴェトラナ・ウッキナさん、ダリア・ピヌスさんは、ベルゴロドの視覚障害者がコンピューターを使えるようにするために、多くの手助けをしてくれています。
 私はベルゴロドに住んでいますが、先生方からだけでなく行政の支援も感じています。2011年12月、新年を迎える直前に、待ち焦がれていたプレゼントをいただきました。最新の携帯用点字ディスプレイBD-40-001Pro(40マス)です。
 ロシアの政党・統一ロシアが、先生が送ってくれた手紙を読んで最先端の点字ディスプレ=を私に贈ってくれたのです。私は視聴覚障害者ですが、充実した人生を送る力を持っています。
 モスクワ地方にもヴォロコラムスクという素晴らしい市があります。そこには視覚障害者のためのリハビリテーションセンターがあり、ルイ・ブライユの素晴らしい追随者とも言うべきIT教師のゲルマン・ベローソフ先生がおられます。先生は、手話通訳者のポリヴィヤンさん、フォミナさん、クラブロヴァさんと共に、すべての視聴覚障害者を開眼させてくれました。点字ディスプレ−のおかげで、視聴覚障害者はコンピュータを容易に使えるようになりました。
 すべての視覚障害者の幸せの原点は、偉大なるルイ・ブライユにあります。彼は自分自身の病気を克服しただけでなく、逆境を共にする友人である私たちにも、世界を知る可能性を与えてくれました。最高の未来に向かって真っすぐ歩き、障害のことを忘れるという素晴らしい機会を与えてくれたのです。
 ルイ・ブライユこそ、彼を慕い後に続こうとする人たちから敬愛されるに値する人です。