海外の部 ABU地域 シニア・グループ 佳作
「現代における点字」
イラン エルハム・ヨセフィ (31歳・女性)
 視覚障害者の生活において、現代の技術により実現されてきた明らかな変化にも関わらず、私は点字が私の人生とアイデンティティーにおいて切り離せない一部だと考えています。点字は単なる知識や情報を共有することが可能になる表現方法ではありません。点字とは、影響力のある社会的存在として、認知と参加を求める私たちの存在の象徴なのです。
 言い換えれば、直近の多くの問題がコンピューターサイエンスによって解決できるというのは、本当です。でも、点字には、その教育、学習、使用の質を証明する独自の特性があります。まず最初に、上でも説明したように、点字は視覚障害者の社会的アイデンティティを意味します。薬の化粧箱やエレベーターのボタン、ATMなどに点字のサインがあるということは、「私たちも人として平等な権利と機会を持ち、社会で重要な役割を果たせます」というメッセージを伝える、最も効果的な方法です。  
 さらに、点字は視覚障害者の自己意識を向上するのにも役立ちます。視覚障害者が飛行機内の安全のための注意事項がすべて点字で印刷されていたり、点字で健康診断書を受け取った場合には、社会はその人の権利とニーズを配慮してくれていると理解するでしょう。そういった情報はその他の多くの方法で受け取れるかもしれませんが、点字で印刷することで、障害者が自分たちも社会から他の健常者とまったく同じ価値があると見なされていると実感できるのです。
 また、点字には自分の指で読むという、人工の声や最高の録音技術をもってしても実現することができない、最高の喜びをもたらしてくれます。視覚障害者にとって言葉を触ることで読むというのは独特の体験であり、情報を伝えるためのより安価で速い方法であるため、無くてはならないものです。特に視覚障害のある子供たちにとって、自分の手に大好きな本を持ち、クラスメートに声を出して読んで聞かせるというのは、とても重要です。これは詩や音楽についても同じことが言えます。
 点字による情報の伝達はまた、視覚障害者のプライバシーを守ることにもつながります。私が点字で印刷された銀行取引明細書を受け取れば、私の同意無しには誰も私の金融情報にアクセスできないということになります。ところが、銀行が明細書を音声ファイルで送信してきた場合には、そういうわけにはいきません。点字で日記を書けば、ダイニングのテーブルに開きっぱなしにしておいたとしても、誰も内容を理解することができません。
 結論を言うと、点字は私の存在そのものだと私は信じています。点字を通して、私は自分の願い、後悔、意見、信念、そして何よりも世界を変えるという私の夢を他者と共有できるのです。 点字は私の人生の象徴であり、人生は生きるためにあると思い起こさせてくれます。私は自分の力で書き、自分の書いたものを触り、声を出して自分や愛している人、そして全世界に対して、読んで聞かせることができるのです。