海外の部 ABU地域 シニア・グループ 優秀賞
「点字は存続する」
レバノン ナディーム・コウサ (43歳・男性)
 停電が起こり、マヤのラップトップを電源に接続しないと、データが失われる可能性があるという内容のメッセージが表示されます。マヤはラップトップの電源を切ってテーブルの上に置き、膝の上に点字の雑誌を乗せます。彼女の柔らかい指はせわしく硬い点をなぞり、索引を読んでいます。マヤは少しの間読むのをやめ、髪を直してから、私に聞きます。
 「新しい技術が出現しているなかで、視覚障害者の点字は存続すると思う?」
 「君の忙しく動く指と、膝の上に誰が乗っているかによるんじゃない?」
 私は微笑みながら答えます。
 彼女は私の答えについて少し考えてから、突然手に持っていたヘアクリップを私に投げつけて、怒って言います。 「誰が、じゃなくて、何が、でしょう!」
 私の奇妙な意見に対するこの熱をおびたような回答に満足して、私は点字ファンのマヤと真面目な話を始めます。
 「そうだね、どの種類の点字かによるんじゃないかね。ハードか、ソフトか、スムーズか」。私はよく考えて答えます。
 マヤはこの国の頭のいい視覚障害者の代表です。 彼女は自分の質問に対する私の精神的な挑戦は不適切だとすばやく判断しますが、もう投げるヘアクリップは残っていません。
 「スムーズな点字」という不可思議な言葉に気が付き、マヤは好奇心に負けて答えます。
 「私の質問の意味が不明確だと言うの? 電子点字は視覚障害者の新技術だわ。ハードの点字とは紙やプラスチック上の点字で、ソフトの電子点字は、ハードとは違って、存続していく機会と能力があるというんでしょう。でも、“スムーズな点字”ってどういう意味? あなたはいつも、コンピューターのソフト点字とは違って、 ハードの点字は作成するのにお金と時間がかかる、持ち運びや郵送も大変、保管するには場所をとるし、探し物するのも大変と言うでしょう。でも、あなたはほかの目が見える人と同じで、いつもハードの文書を読んだり書いたりするときのあの特別な感じを無視するでしょう。あなたは点字の本が生み出す美しい思い出を無視するでしょう!」
 「そんなことはないよ、マヤ。僕はハードの点字を読むときの美しい気持ちを無視するつもりはないよ。でも、そういった感情はもう古い世代だけが感じる気持ちだと思うよ。もっと若い視覚障害者は、僕らとは違った感情を持つだろうし、実際に現在でもそうだと思うよ。若い人は、ハードの点字に懐かしいような気持ちは持たないんじゃないかな。それに、政府の予算や寄付金などもどんどん削減されて、ハードの点字はますます存続が難しくなると思わないか。点字のプリンター、点字タイプライター、点字の印刷用紙はどれも高いのを知っているだろう。点字本を作るのは大変だし、高等教育の段階にいたっては、点字制作が出される宿題のペースについていけないよ! たくさんの本を教室に持っていくのも大変だったし、点字タイプライターでメモをとるのもすごい音がしたのを覚えているだろう! インターネットで送信するのに比べたら、友達や海外の視覚障害者協会にハードの点字文書を送ったり、送ってもらったりするのはどんなに大変で、お金がかかるかわかっているだろう! それに、一人ひとりのスペースがどんどんせまくなっているこの世界で、君の大好きな本をどこにしまっておくつもりだい? それに大きな点字本からある文章を探すのだって大変だろう?」
 「ええ、わかってるわ。でも、話すコンピューターは教室で読み書きするのには音がうるさくて、迷惑になるわ。ヘッドフォンを使えば、先生が言っていることを聞き逃すかもしれないし。それに、聴覚と触覚の両方を使うと、知覚力と暗記力のトレーニングになるのよ。目が見える人は教室で視力と聴力を使っているわ。どうして視覚障害者だけが、聴覚だけを使うという不利な立場に置かれなければならないのかしら。話すコンピューターを使っていると、書き取り能力が落ちてくると思わない? あなたこの前ラップトップ(laptop)をラブトップ (labtop)とつづっていたし、ガールフレンドに会いたい(meet)じゃなくて、合いたい (meat)って書いてたわよ!!」
 私は彼女にヘアクリップを投げ返したくなりながら、言い返します。
 「点字タイプライターを使って教室でノートをとるのだって、同じくらいうるさいと思うよ。点字コンピューターを使ったことがあるだろう。点字コンピューターが、ハードの点字と音声技術が持つすべての問題を解決する最善の方法なんじゃないかな。どんなレベルの教育でも、どんな職業でも、問題なくすべての本や文書を保存できる小さくて、軽量の機械。これがあれば教室で使う教材も持っていけるし、講師が思いついた引用もすぐに検索できるし。音を出さずにノートをとったり、情報の送受信やインターネットに接続したりできるじゃないか」
 「政府からの補助金がもらえない国に住んでいる視覚障害者が、そんな地獄みたいに高い機械をどうやって買えるのか、あなたが説明できるのなら、その意見に喜んで賛成するわ」
 「銀行のロビーでルナが大きい唇について言ったことを覚えてる?」
 「シリコンを唇に注射して、唇が大きくなりすぎた女性のこと?」
 マヤは驚いて言います。
 「彼女は美しくなろうとして手術を受けたわけだけど、唇の大きさが鼻、目、頬の大きさに釣り合わなかったために、かえって醜くなってしまったという話さ」
 マヤはこの話を聞いて、不安そうになって言います。
 「つまり、政府や私が代表を務めている協会で、一つの場所に多くのお金をつぎ込みすぎているって言うの?」
 「そうさ、間違えた統合構想に投資をしすぎているところもあれば、無益な会議に資金を使いすぎている組織もある。視覚障害者に必要不可欠な器具に投資する余分なお金が残っているのは、金銭的に余裕のある政府や組織だけなんだよ」
 「じゃあ、あなたは、将来的に点字コンピューターを1人の視覚障害者に対して1台購入すべきで、その方面に寄付金を集中させるように政府や慈善団体に働きかけるべきだと言うの?」
 マヤは尋ねます。
 「自分の義務を果たしているかどうかというのは問題じゃないんだ。時間が経つにつれて、何が一番、最善の方法なのかが自然にわかってくるよ。君が問題を解決しようとして、その解決方法のために陳情している間にも、ソフトな点字は、点字と技術を統合した素晴らしい成果として発達し続けると思うよ。それに君は、僕に将来について聞いたよね。 この触覚と音声機能の発明がどんどん行われている時代に、将来について予想できる人なんて誰もいないよ!」
 「現代の携帯電話とか?」マヤはたずねます。
 「そう。音声認識プログラムとか、タッチスクリーンがスムーズな点字の例だよ」
 「ああ! それがあなたの言うスムーズな点字なのね」
 マヤは立ち上がります。
 「そうだよ。携帯やコンピューターノートブックのタッチスクリーンのおかげで、目が見える人々もスムーズな点字の世界に惹かれていると僕は思うよ。視覚障害者のために、触覚機能と音声が融合されて、それは両方を別々に使うよりも安価なんだ」
 「まあ! 教室での音がうるさい問題は別としても、それじゃどの文字も視覚障害者にとっては同じに感じるんじゃない。だってそれは本当の点字じゃないもの」
 彼女は皮肉を込めて叫びます。
 「視覚障害者だって使い方を学べば、この方法も役に立つと思うよ。点字は君が愛している六つの点だけじゃないんだ。ソフトの点字じゃ、八つの点を見たことがあるよ。将来的に、点字もスムーズになっていもいいんじゃないかな?」
 「アハハ!点字はあなたが想像したり定義したりするような機能じゃないのよ」
 マヤは納得していない様子で笑いながら言います。
 「私のヘアクリップ返してちょうだい」
 「君が僕にしたみたいに投げ返そうか?」
 「だめ!渡して。」
 「3番目のオプションは?
 「あなたが想像する4種類目の点字にすれば?」
 マヤは皮肉を込めて笑います。
 「そうだね、点字と新技術の両方を超える最善の方法。」
 「その方法は何?どうやってやるの?」
  マヤは尋ねます。
 私は指で、マヤの長くつややかな黒髪に蝶々のヘアクリップをつけながら言います。
 「優しい点字」
 マヤはいらいらしたふりをしながら、静かに笑います。