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プロがプロに聞く経営の話
和製ブランドで世界を目指す
Guest   サマンサタバサジャパンリミテッド 代表取締役社長   寺田和正
Host オンキヨー会長 大朏直人

オンキヨ−会長
Host 
大朏直人 Naoto Ohtsuki

サマンサタバサジャパンリミテッド 代表取締役社長
Guest 
寺田和正 Kazumasa Terada

ルイ・ヴィトン、エルメスといったヨーロッパの超高級バッグを買い求める10 〜20 代女性の心をこの数年で見事に掴んだ和製バッグメーカーがある。ピンク色やハート型などフェミニンなデザインが揃う「サマンサタバサ」だ。主要都市への出店も戦略的に行い、販促にはヴィクトリア・ベッカム、ヒルトン姉妹など海外のセレブを起用するなど、華やかなイメージで話題を呼んでいるベンチャー企業だが、財務体質は非常に強固。広島県の老舗鉄工所が実家という寺田社長は、16年前の創業時から世界を目指していた。

■かっこよかった父

大朏 寺田さんとは同じ駒沢大学出身なのですが、後輩でここまで頑張っているのは寺田さんくらいではないですか。
寺田 私もあまり同じ大学の経営者の方は存じ上げていないので、嬉しい対談です。
大朏 寺田さんはご実家が老舗の鉄工所だそうですね。事業の大変さといったことは、小さい頃からなんとなく身近に感じていましたか。
寺田 実家は100年以上続く鉄工所なのですが、祖父が中興の祖みたいな存在で、おばあちゃん子だった私は祖母から祖父の苦労や功労をいつも聞かされて育ちました。祖父は父が大学生の時に亡くなったので私は会ったことはないのですが、小さい時から、夜、寝る時に布団に入って祖母から祖父の話を聞いていたのを憶えています。
大朏 お父さんの仕事ぶりを見て育ったといったことはあるのですか。
寺田 父が必死に仕事をしている姿は実は一度も見たことがありません。父の代では派手に会社を大きくするということはしなかったのですが、代々続いている会社を存続させるために父は父なりに苦労したと思います。しかしそれを外には見せない強さがあった。言葉少なく、何があってもへこたれない忍耐強さがありました。だからたとえ儲かっていなくても、私から見て父はいつもかっこよかったんです。
大朏 お父さんをそんな風に思い出せるって素敵なことですね。会社を潰さないことの難しさを小さいながらに見ていたんですね。
寺田 「もっと積極的にやればいいのに」と思っていた時期もありました。地元のライオンズクラブのパーティーなどにも一緒について行ったりしていたのですが、田舎なりにも地元の新興企業があって、ちょっと儲かっている会社の社長が派手に振舞っていたりするのを見ると、そっちの方がかっこよく見えたんです。親父もこういう風にどんどんやればいいのにと。でも、そういう鼻息荒い社長たちが歩み寄ってきた時、父は少しも動じないで涼しい顔をしていました。実は会社は全然儲かっていないのに、そんなことをおくびにも出さずに堂々としている。そういう姿を見て、ある時、「こっちの方がかっこいいな」と思えてきたんです。
■仕入先を大切にする

大朏 サマンサタバサの現在の事業と鉄工所の仕事は、畑は違えども「ものづくり」という点は共通かもしれませんね。
寺田 一年に一度、正月に親戚が集まった時など、「中国や韓国が台頭し、製造が日本から中国などへ移っている」とよく話題になっていたのですが、自分がいつかものづくりをする日がきたらできるだけ国内で作りたいと考えるようになっていました。そして、「下請け」という呼び方は絶対にしないようにしようとか、メーカーさんからはもらいものをいただかないようにしようと決めました。家が商売をやっていたから、自然に自分だったらこうしようと考える機会があったのだと思います。ですから私は「作ってくれる人がいるから商売が出来るのだ」と思いながらやっています。
大朏 メーカーというのは、いい仕入先を持っているところが生き延びるんです。コストが安くていいものを作ってくれる仕入先を持つことが出来れば、その会社の商品はお客様が並んででも買います。
寺田 サマンサタバサは仕入先への支払いを手形ではなく現金で行っています。さらに、その支払いの期日も早くしています。そうすれば仕入先は現金が早めに入ってくる分、資金繰りが楽になるので、新たな投資にかけられるからです。ただ逆に緩んでしまう取引先もあります。50日程度で現金を支払うと、何億円という額になるのですが、そうするとどうしても緩んでしまうんです。
大朏 分かります。浮いた分、車を買っちゃうとかね(笑)。
寺田 車を買ってもいいんです(笑)。それで更に頑張ってくださるのであれば。私は緩むからといってぎゅっと絞るのは嫌なんです。信頼関係やあうんの呼吸をうまく取れる関係をどうやったら築いていけるのか、それが難しいところですね。
大朏 寺田さんのそういう思いは、必ず商品に出てきますよ。かばん一つ一つの縫い目が丁寧にきっちりしているとか、社長が仕入先との関係に非常に心を砕いているということが商品に必ず出てくると僕は思います。サマンサタバサにはいい加減な商品は納品できないと仕入先は必ず思いますからね。

■女性に大きなステージを与える

大朏 サマンサタバサでは社員のうち9割以上が女性だそうですね。
寺田 現在は95%が女性です。私が会社を始めたのは25歳の時だったのですが、当時は若いというだけで全て否定されてしまうところがありました。女性も同じで、社会の中では女性であるというだけで虐げられている人がたくさんいました。若いというマイナスからのスタートと、女性という意味でのマイナスからのスタートで、共通点があったのです。だから彼女たちの悔しい思いが私にはよく理解できました。そして実は女性というのは、こういう逆境で男性よりも力を発揮し、ハンディをバネに成長することができるんです。男性というのは、叱られたりするとしゅんとして、そのまま友達と飲みに行って、憂さ晴らしして、それで終わりだったりします。ストレス発散だけして、何の解決にもならない。女性というのは一つ注意すると一日悩むんです。何がいけないのだろう、どうしたらいいのだろうと、こちらが「もういいよ」と思うくらい悩む。女性はそうやって失敗を糧にする分、伸びるんです。特に若い職場ではそれが顕著ですね。
大朏 女性にやる気を持たせるためには何が重要ですか。
寺田 「自分は任せてもらっている」と自信を持たせることだと思います。「信頼する」ということです。それから「誉める」。そしてそれを給料で示すことです。 たとえばアパレル業界でプレスの人たちというのは、良くても年収500万円くらいなんです。プレスという職種は人気があるから、給料が低くてもいくらでも人が採れるからなんです。女性たちは最初は、多くの募集の中から選ばれ、嬉しくて仕事を始めるのですが、やっている間に給料が低くて、気持ちに折り合いがつかなくなってくるんです。 サマンサタバサでは、通常だったら400万円で甘んじているような人に、800万円で働いてもらう。次は1000万円を狙ってもらう。プレスの部長代理は28歳ですが1500万円くらい取っています。もちろん女性です。 販売スタッフでも数名、1000万円取っている人もいます。給料というのはプライドの一つです。やってきた仕事に対してきちんと評価し、そして更に大きなステージを目指せるように指導していくことが大切だと思っています。
大朏 若い女性販売員に、それだけ評価を与えて働かせる会社というのはなかなかないですね。
寺田 好きなブランドで働けることと、そこの商品が社販で安く買えることと引き換えに、安い給料で甘んじているような人はたくさんいるんですね。販売スタッフでこれほど取る社員は、この業界ではなかなかいないと思います。最近、景気が良くなってきたからと、パートやアルバイトを正社員にする動きが出てきていますが、これは非常に失礼だと思います。サマンサタバサでははじめから育てることを前提に、ほとんどが正社員採用です。人材難になるからと慌ててアルバイトを正社員にするようなことはやめて欲しいと私は思っています。

■仮想ショッピングモールを大成功させたい

大朏 最近、「WWCITY」という仮想ショッピングモールの運営も始められましたが、実際に販売員のいる店舗と比べて、どうでしょうか。
寺田 昨年12月にスタートしました。とにかく大成功させてみせます。しかし改めて、ネット社会と実社会の感覚の違いを、やってみて肌で感じました。仕事をしてみても、IT業界で働く人たちの文化は、リアルの世界とは違うと、しみじみ思いました。たとえば、我々は伊勢丹さんに出店させて欲しいとずっとお願いしてきて、やっとその番が回ってきました。6月1日のオープンに向けて、デザイナーと一緒にお店を作るわけですが、新しい店舗を作るには多くの職人さんとも一緒に仕事をします。大工さんがいて、左官屋さんがいて、タイル屋さんがいる中で、ある左官屋さんが朝まで飲んで潰れたとしても、次の日にはきちっと仕事をします。あるいは大工の棟梁さんが奥さんに暴力をふるって警察に捕まったなんてことがかりに起きたとしても、その棟梁の不在を他のみんなでカバーし協力し合って、何が何でも予定通り6月1日には必ず新店舗をオープンさせてくれます。これが職人の文化だと私は思います。しかしネット業界にはそれがないんですね。今日のオープンが、明日になり、明後日になる。与えられた仕事に対して、100%ではないけど80%は出来ましたから、なんて平気で言ったりする。これには正直、驚きました。
大朏 分かります(笑)。たった一日オープンが遅れただけで、その日一日、デパートの一角を真っ暗にしてしまうことになります。それはリアルの世界では全くあり得ない話です。確かにネット社会には多分にそういうところがあると僕も思いますね。寺田社長はやっぱり典型的にメーカー思考の経営者なのでしょうね。

■日本市場を制すれば世界を制することができる

大朏 サマンサタバサのバッグはデザインも独特で見るとすぐにそれと分かるものですが、宣伝モデルにもテニスプレイヤーのシャラポアや歌手のビヨンセをはじめ、世界のトップスターを次々に起用されていますよね。商品や宣伝への寺田社長のこだわりが感じられるのですが、こういう世界の著名人を起用するのは、ある種の危機感みたいなものもあるのですか。
寺田 危機感ももちろんありますが、とにかく常に頭の中で考えているんです。それと、常に私が考えているということを友人たちもよく知ってくれているので、何かあった時にうまくひっかけてくれることも多いんです。先日も、マイケル・ジャクソンが日本に来た時、サマンサタバサのショップに来たいと言っていたのを知った私の友人が、彼が空港に降り立った時に「サマンサ・キングズ」(新しく立ち上げたメンズブランド)のかばんを、彼に持たせてくれたんです。その写真が様々な媒体に出ることになったのですが、そうやって周りがどんどんセッティングしてくれるんです。
大朏 周りが仕向けてくれるというのは、寺田社長の人徳ですね。
寺田 でも私は好き嫌いも激しくて。「嫌いな人間でもどんどん会え」と周囲に言われることがあるのですが、嫌いな人と付き合っていると、本当に好きな人から懐疑的に思われたら嫌だと考えてしまうんです。経営者としては失格なんですけどね。
大朏 いや、僕はそういうことをやらせてもらえるのが経営者じゃないかと思いますよ。寺田社長はサマンサタバサを、最終的にどんな会社にしたいと思っていますか。

寺田 ブランドビジネスに特化したグループ企業にしていきたいと思っています。日本でブランドビジネスをやっているのはサマンサタバサだ、と言ってもらえるようになりたい。我々は今創業して16年ですが、アメリカのバッグブランドのコーチは65年、ルイ・ヴィトンは150年の歴史があります。この100年以上の歴史というのは簡単には抜けないけれど、たとえば今年、ルイ・ヴィトン・グループで社長をしていたフランス人を役員として迎え入れることが決まっています。こういう人材は以前だったら欲しくても入ってもらえませんでした。彼はカルティエやプラダからも声がかかっていたけれど、「サマンサタバサに入るのが絶対に一番いい。我々と一緒に夢を実現させよう」と私は真剣に伝えました。彼は私と話しているうちに、自分の夢と我々の夢がシンクロし、他を捨ててサマンサタバサへの転職を決断してくれました。アパレルでは、彼のように欧米の優秀な人材が「日本企業」に移るなんてことは今までにはなかったんです。そういう常識のようなものを、少しずつ覆せるようになっていきたい。そして、日本人は世界の誰よりも日本製品に対して厳しい目を持っているので、そこも打ち破っていきたいと思っています。
大朏 日本のマーケットを制すれば世界を制することができる。それは我々の世界でも、各国のメーカーが口を揃えて言っています。是非、サマンサタバサが世界中に愛されるブランドになって欲しいと思います。


大朏 直人(おおつき・なおと)氏

1941年東京生まれ。
65年駒沢大学文学部卒業後、ラジオ部品メーカーに入社後独立。
電子機器製造の日本電通を設立、社長に就任。85年自動車部品メーカーの丸八工場(現テクノエイト)の再建を契機に、4社の再建に成功。
93年6月東芝傘下のオンキヨーを個人で買収、1年半で黒字経営に転換した。
03年2月オンキヨーがジャスダックに上場、3度目の株式上場を果たす。
寺田和正(てらだ・かずまさ)氏

1965年広島県生まれ。実家は福山市で100年以上続く老舗鉄工所。1989 年駒沢大学卒業後、商社に入社。その後、海外ブランド輸入商社を設立。94年サマンサタバサジャパンリミテッド設立。ヒルトン姉妹やヴィクトリア・ベッカムといった有名セレブをモデルやデザイナーとして起用するなどして急成長。2005年12月東証マザーズ上場。

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雑誌「企業家倶楽部」2007/6月号より転載。
本欄は(株)企業家ネットワーク様のご好意により実現したことを記し、謝意を表させていただきます。

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